「イスラエルの障害者部隊」がバズったことに関する覚書



ツイートがバズった

またツイートがバズった。バズったの定義はよくわからないのだけども、1000RTを超えたらまぁバズったと言っていいんじゃないだろうか。そして、1000RT以上はもう10回以上はだしているのでバズることで特に驚くこともなくなった。(ただし反応は見てしまう)

ツイッターで「RT・いいねされること」に実質何の意味もないはずで、妻に言わせれば「虚仮の数」だ。しかし、ツイッターがある程度「パプリック・アカウント」になるとRTが勝負!みたいなところもある。妻に言わせれば「単なるネット露出狂」であるが。

とはいえ、積極的にバズりに行っているわけでもない。ただ、「面白い」と思ったことを素直に書いているだけだ。そしたらその中のいくつかが勝手にバズっている、というある意味自然現象のように感じている。

妻に言わせれば「バズりたいと思う邪念を持っているうちはバズらない」そうだ。まさに自然現象的なアレである。

まぁ、以前は今以上にツイ廃だった時期もあって、そういう時期は全くバズらなかったし、いろんなアカウントと喧嘩して心身ともに悪くしたので、今はツイッターで議論はしたくないし、しない。意味がないし気分が悪くなるだけだからだ。エンタメは無料で見せるものでもない。

バズった内容についての反省について

前置きが長くなったが、今回のバズった内容に関する反省である。「イスラエル軍にある発達障害者部隊」という話をツイッターに書いたところ、非常にバズった。かなりセンシティブなところでバズったので色々な意見も寄せられている。

私自身は軍オタなので、「発達障害者の能力を活用する」という分野が軍事なことに何らネガティブなイメージは持てないし、イスラエルという特殊事情がある国でこその「活用法」だな、とむしろ感心してしまうくらいだ。しかし、ポジティブに捉えたことに批判も有った。

まぁ、軍事的なことを考えるのも嫌、という人は発達障害に関わる分野において多いのは理解できるし、このツイートがそういう層に届くだろう、ということも考えてだいぶ控えめに書いたつもりだ。その上で批判されるのはもう仕方ないと思う。

第一、コレを書いたのは自分の中で「すごく面白い話」だったからで、この話を持って「発達障害者は軍隊に入るべきだ」とか「日本でもこのような活用をすればいい」という何かしら社会問題を提起しようという魂胆はまったくない。

たがって、「発達障害者を軍事利用しろ!というのか」という批判は流石に的外れだし、あまりに悪意に満ちていると思う。同時に、「この軍事活用をすべきだ!発達障害者を自衛隊に入れろ!」というツイートも本質と外れすぎて笑うしかない。

まぁ、そういう読み方ができる書き方をしたのは私の筆力不足でもあるけども、「そういう読み方」をする方にも歪みは有る、ということだけは確信している。ただ、今後もセンシティブな内容については「誤読」されないようにわかりやすく中立的に書いていきたいと思う。

障害者と「才能」について

私自身は発達障害があろうとなかろうと「役に立つ特性」は一定の確率で生じるもので、そこに障害の違いのあるなしは関係ないと思っている。しかし、障害があるがゆえにその才能を潰される、ということは多いだろう。

また同時に「障害」があると「才能があっても食っていけない」という問題がある。才能が発芽する機会が少なくてなおかつ才能があっても活かしどころもない、というところで障害者にとって「才能」という言葉はかなり苦しくなる場合もあるだろう。

そこから「才能がないと食えないのか!才能なぞない自分はどうしろというのだ!」という嘆きが噴出するのもよく分かる。しかし、現実問題として、健常者でも「才能」の競争による悲惨な結果を迎えた方々は少なくない。

私は「才能のあるなし」で社会から排除されることは絶対に良くないし、障害があっても才能がない人でも楽しく生きられることを望んでいて、むしろ社会主義思考のリベラルと自認している。(原発問題を除けば山本太郎はある意味凄い政治家だと持っている)

現実としてある「格差」

とはいえ、現実、今、「能力による格差」はどんどん広がっていて、この格差は「障害者」の中でも進行していることでもある。事実として「能力がない障害者はますます生活が厳しくなる」という現実が有ることからは目をそらしてはいけないだろう。

では、どうすればいいかというと、今すぐ出せる最適解はない。ただ、「適任適所」という言葉がある通り、まずはなにかしら出来る人がアクションを起こすしか無くて、私は障害者の就労などの問題でなにか出来ることはないか、と試行錯誤している。

サニーバンクでの暗中模索

その過程で出会ったサニーバングで今は運営として活動させていただいている。通勤そのものが難しい、という方が多いが、在宅勤務なら、という障害のある方も多いだろう。(私も事務室で事務をするということがどうしても馴染めなかった)

サニーバンクは障がい者専門のクラウドソーシングサービスです。障がい者ができる仕事、障がい者だからこそできる仕事を発注して頂き、その仕事を遂行できる人(障がい者)が受注するシステムです。働きたいけれど働くことが困難な状況にある障がい者の方々が、在宅ワークを中心に、無理せずできる仕事を提供します。
今回のゲスト 上濱 直樹 ITエンジニアとしてJAVAなどの開発に従事していたがSBI大学院大学にて経営を学んだことをきっかけに独立。2011年に株式会社メジャメンツを設立した。業務を通じて障害者の就労問題に関心を持ち2018年に障害者向けのクラウドソーシングサービ「サニーバンク」をリリース。大学受験を控えた...

サニーバンクの中には「障害者だから出来る仕事」もあって、視覚障害者によるアクセシビリティ診断は高い評価を得ているが、数はそれほど多くない。

運営としても「障害者だからこそ出来る仕事」というのはまだまだ暗中模索しているところだ。なにか「障害があるからこそ出来る仕事」というアイデアがあれば是非提供していただきたいと思う。

才能を開花させるというテーマ

ただ、なにかしら才能がある人をスカウトすればいいか、というとそれも「才能」という篩をかけてしまうことにある。この境目をどうするか、私にとっては永遠のテーマになりそうな気がするのだ。

しかし、才能の活用というのは環境によってぜんぜん違うものだ。もしかしたらちょっとした工夫で想定もしてない才能が開花するかもしれない。なので、そういう「才能の芽」を見出すこと、それが芽吹くように環境調整する、という事に関する事例は集めたいな、と考えている。

長々と語ってしまったが、とにかく、(障害者が)「才能を活かす」ということはとてもセンシティブな問題であるし、私がいいとも思わないことであり、同時にライフワークになり得ることでも有ると思っている。これについて折に触れて語っていきたい。

このくらいで

では、今日はコレくらいで。皆さん、自分の中の才能を信じながら踏ん張っていきましょう。では。