「動物と機械から離れて―AIが変える世界と人間の未来―」を読んで人間はAIでより人間らしくなれるはずと考えたというお話

こんばんは。くらげです。



本日から平常運転です

さて、本日から仕事も平常運転に復帰しました。早速、色々とトラブルがあって全然予定通り進みませんでしたが、明日取り戻したいと思います。

今更ですが、かなり細かくログを取れるようになったことで、遅れのリカバリもだいぶ簡単になる…ハズ…。

動物と機械から離れて―AIが変える世界と人間の未来―

ここ最近ずっと書いていますが、正月休みは色々と本を読んでいました。主にライフハック系が多かったのですが、なにかドキュメンタリー系で面白いのがないかと探していたら、たまたまPRESIDENT Onlineで「動物と機械から離れて―AIが変える世界と人間の未来―」という本を紹介しておりまして、面白そうだからと手にとって見た次第です。

この本は「昭和の薫りが残る家で家族がAIを日常的な話をする」という著者である菅付雅信氏の体験からはじまり、AI研究者やスタートアップ創業者、哲学者やゴリラの研究者に「AIは人を幸せにするのか」と訪ね歩くという内容です。

この導入部分は、今、「築40年の借家でAIを使った音声入力でブログの下書きをしながら、AIスピーカーでyoutubeを再生し、スマホを音声で入力して記事を探す」というアンバランスさがある私にとてもリンクしていて、一気に惹き込まれました。

このような一般家庭にもすでに深く入り込んだAIがこの先人間をどこに連れて行くんだろう、という著者の旅はまさしく私の疑問を解きほぐす旅でもあり、この一冊を読み終えたとき、深い充実感がありました。

まぁ、私も本を出している身ですが「日本には深いノンフィクションがあまりない」と嘆くことが多いので、正月からここまでパンチの効いた本を読めたのは本当に幸運でした。

AIは人を幸せにするのか?

この本は「AI」の本でありますが、技術的な話よりも徹底して「AIは人を幸せにするのか」という通底したテーマで話が進みます。その結論はぜひ本著を読んで皆さんで考えていただければ。

でまぁ、私は「AIは人を幸せにするか」という問に関しては、間違いなく「Yes」と答えます。

私は聴覚障害とADHDがあって、生活に大きな困難を抱えていますが、人工内耳で聞こえないことをカバーして、スマホの音声読み上げアプリで人の話を聞いたりしています。また、AIが自動的に作ってくれる字幕があるおかげで色々な動画を見る機会が増えましたし、英語が聞こえず全然分からなかったのですが、自動翻訳はこれまでにない知識の幅を私に与えています。

ADHDに対しては、変な話ですが、音声入力や自動読み上げでウロウロしながらでも本を読んだりものを書いたりできるようになって、執筆活動がすごく楽になりました。また、スマホの様々な機能がなければ今の生活は成り立ちません。文字通り、テクノロジーがなければ私は生きていないでしょう。

障害者とは、「選択肢が常に大幅に限られる状態」を指します。そして、私は「選択肢を自由に選べること」もその人が幸せかどうか判断するための尺度の一つであると考えています。

そして、AIの発展は確実の障害者の生活に良い影響を与えるはずです。例えば、視覚障害者の人なら、カメラを向けるだけで先に何があるか読み上げてくれる機能があれば一人で動ける範囲が増えるでしょうし、肢体不自由の方はAIとロボット技術を組み合わせて動きを不自由さをカバーすることもあるでしょう。

このような「選択肢」が広がることは、たとえその技術を利用しないことを選んだとしても、「選べること」自体が「納得」を生み出すはずです。障害があっても、自分の意志で自分の生きざまを自分の責任で歩める、ということだからですね。

こういう「選択」は何も障害者だけではなくて、例えば高齢者も最近は運転免許返上の問題が出ていますが、都市部以外では自動車は必需品であり、運転免許を返上した高齢者は認知症を発症しやすい、というデータもあります。このような「できない」という問題に対して、AIによる解決策が生まれる、というのはそれ自体は無条件に「幸福」だと思うのです。

ただ、AIが万能であるかというと、当然そんなわけはありません。AIは「ツール」であって、そのツールをどう使いこなすかは開発者と利用者双方の努力の結果だからです。

ですから、AIによる「救済」はその能力や立場で大きく変わってしまうことも考えられるので、そのへんは「どうすれば自分はテクノロジーで救われるのか」とか考えて情報収集やAIを使いこなす訓練はしなきゃいけないなぁ、とは常々痛感します。この先はこういうAI格差も社会問題になっていくんでしょうねぇ。(その行き着く先はこの本の中でも深く考察してますので、ぜひ)

人間としての哲学を持つということ

この本では「AIを知ることを人間を知ること」という言葉が繰り返し出てきますが、私も本当に同感です。ちょっと違いますけど「人工内耳をつけて話を聞く私は一体何者だ」という疑問から「人間というものは一個の拡張可能性のあるシステムである」とかそういうふうに考えているんですが、(間違いとか正しいとか以前に)こういう疑問を持つこと自体が障害があるからこそ得たものですね。これは「健常者」というのが普通の社会にあって、私はある種の異物であり、良くも悪くも「普通ではないこと」と「普通であること」の狭間を見つめ続けていたからです。

人は一人で「自分は何者であるか」を考えることはできません。常に「外部の目」を意識するからこそ、「私とはなにか」という問いが発されるのです。そして、AIという「知性」ができることは、これまでにない「人間でない外部の目」が「私となにか」の問いに含まれるわけでして、「同質性」に慣れた人たちにはかなり厳しい問いになるのではないか、とも思うのです。

AI社会を生きる人間は「己の哲学」をどんどん作っていくべきですし、そうでなければAIに使われる動物的な存在に堕落する一方になるでしょう。人間はAIの存在によって、より人間的にも、より動物的にもなり得る存在、と私は考えます。

というわけで、今年はちゃんと本を読んでちゃんと考えて、私なりの「哲学」をしっかり作っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

このくらいで

さて、今日はこれくらいで。皆様、自分の哲学を深めつつ踏ん張っていきましょう。では。





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