日記(2021/01/01)

・新年が明けた。2021年である。昨年はこのサイトを全然更新していなかったので、これから更新をできるだけ再開していきたい。

・そもそも、以前にこのサイトを更新していたときと文体が完全に変わってしまった。改めてサイト自体を作り直したい気がする。

・本日は6時半に起床して、妻を叩き起こして、早朝ドライブに行く。氷の結晶がガラスに張り付いてるほどに寒く、数年に一度の寒波が来ていることを実感する。

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・川沿いを走ったら、堤防沿いに初日の出を見に出ている人が多くて、初日の出に対する思い入れの強さのようなものを感じる。さすが日の国というか。

・100円ローソンに雑煮の材料を買いに行く。疲れ切ったおばさんとおじさんが品出しをしていて何故か心が痛くなる。レジで品物を渡された時、つい「あけましておめでとうございます」と言ったら「今年もよろしくお願いいたします」とおばさんに言われる。始めてきた店なんだけど。人とは言葉で動くのだ、という思いを強くする。なお、三つ葉は売り切れてたので小ねぎで代用することにする。

・帰宅後、雑煮を作る。芋煮の応用で、牛肉を砂糖とだし醤油(まるじゅう)で炒めようとしたが砂糖がなく、みりんで代用して味を絡める。そのまま水と出汁醤油を適当に入れて、山菜水煮パック・こんにゃく・ごぼうを入れ、アクをすくいつつ30分ほど煮た。適当だけどだいぶ好みの味の雑煮が出来上がる。もりつけて小ねぎをちらして出来上がり。もちは小パックのものを2人で4個、オーブントースターで焼く。一応はダイエット中なので、もちはこれくらいにしておく。

・9時ごろ、雑煮とおせちで新年を迎える。おせちはあまり値段を書きたくないくらいに自分としては高額な三段重のものを購入していた。正直、もっと安いのでも良かったのだけど妻が「元旦から飯で落胆したくないならいいのを買え」といくらかだしてくれたので清水の舞台から飛び降りる気持ちで買った。結果としては大変豪勢でおいしかったのだけど、贅沢に慣れてないので「庶民がこんなものをくっていいのかしら」という罪悪感を感じる貧乏人である。まぁ、来年も同じランクのものを食えるように努力したい。剥いた海老の殻は煮て出しをとり味噌汁にする。数年ぶりに朝から酒を飲む。

・昨年世話になった人、いろいろと昨年不義理をしていた人などにDMやメッセンジャーなどでお礼や謝罪を送る。こういう機会でもないとなかなか謝る機会を作れないので、節目というのもまた貴重なものであるな、ということを思うなどと。

・その合間に、寺島さんと次回のnoteの打ち合わせ。今年、どう生きていくか、ということを真剣に考えさせられる。っか、どの方面に生きたいのかを固めねば。

・適当におせちなどをつまみつつ、昼は入信している宗教の新年の集いをオンラインで視聴する。昨年より、集会を完全にオンライン化しているので自宅で本部と変わらぬ内容を受けられるのはだいぶサイバーパンク感がある。

・集会終了後、差し迫った仕事があったので終わらす。その後、ちょっと外出した後、また別な仕事をする。新年そうそう勤勉だなと思うのだけど、そうでもしないと生活が維持できない。ADHDゆえの燃費の悪さが祟っている。

・ある程度仕事を終わらし、Chromecast経由で平沢進のPVなどを垂れ流しつつ、余った雑煮やおせちで夕食。「崇めよ我はテレビなり」のMAD動画がテレビから流れているのは微妙にシュール。このシュールさは大事にしたい。

・20時より、実家の両親・弟一家(弟・弟の妻・甥っ子二人)・我が家をZOOMでつないでオンライン家族会を開く。甥っ子がまた少し見ぬ間に大きくなっていて時の流れの速さに戸惑う。親父は75歳だけど、ZOOMを使いこなすほどにお元気であることが嬉しい。はやくコロナが収まって全員で集いたい気持ちが募る。

・妻が寝たあと、おせちや皿などを片付け、もう一仕事をする。終わったらNHKで「あたらしいテレビ」という番組で昨今のテレビをとりまく環境を話していた。こういう番組を作るのがNHKの強みとも思いつつ、やはり「制作する側のパターナリズム」のような物を感じたりする。「視聴者のことをもっと信用しろよ」とも思うのだけども、それをいったら、テレビの質の低下は視聴者の質の低下、というのもあるのだろうなぁ、ということは感じる。

・どうでもいいことをツイートしたら微妙にバズりそうな気配。

・焼酎のお湯割りを飲みつつ、NHKで流れていた「あてなよる」という大変腹の減る番組を見る。あてを食べると太るので困る。ビーフジャーキーを噛む。

・日付も変わったので寝ようとしたが、日記を書くことにしていたんだ、と思い出し、ささっと書こうとしたらやっぱり長くなる。寝る。

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