日々是くらげ173日目「くらげの異常な愛情 または私は如何にして憎悪するのを止めて乙武を応援するようになったか」という話

今朝起きたら知人から「乙武さんが参議院選挙に立候補するらしい」とメッセージが来ていて一気に目が覚めた。以前から乙武さんが政界進出するのではという噂はあったしあの党やこの党が声をかけているという話も聞いていた。しかし、例のスキャンダルで大炎上して政界進出どころではなくなって今に至っているわけなのだけど、先ほどYouTube で「夏の参議院選に立候補する」と表明したようだ。

人生であきらめてきたこと、ありませんか?私は、両手両足がない状態で生まれてきました。重度の身体障害者として生きてきました。本来なら、多くのことをあきらめなくてはならない境遇でしたが、それでも私はあきらめませんでした。

私が聴覚障害とADHDの当事者という「五感不満足」で、乙武さんに対する感情みたいなものはかなり複雑骨折したあとにゆがんだ形で接着して伸びてしまっている。乙武さんの出馬記念…というわけでもないが、ちょっと彼に関する思いを述べてみたい。

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乙武さんに対する最初の出会いは、私の世代のほとんどの人がそうであるように「五体不満足」だ。

確か小学校5・6年の頃にベストセラーになった本だけど、当時から障害者として育っていた私にとっては障害を持ちながら明るく生きられるということに強い憧れを抱いたのを覚えている。

しかし、生まれつき明るくもないと言うかどちらかといえば皮肉家で暗い情念こそを愛する私は「明るい障害者」であることは無理だったし、むしろ成長するにつれて障害を持つことでしんどい思いを重ねるにつれて乙武さんのような障害者が存在することに対してある種の「憎悪」を抱くようになった。この憎悪のようなものは、私の同世代の障害者(30〜40代)はある程度共感してもらえるとおもう。

あの本が出た頃は「障害者のロールモデル」といえるものがあまりなかったし、そもそも障害者というモノが「見てはいけない存在」という空気はかなり強かったように覚えている。それを覆したというか、「世間が障害者を発見した」のが「乙武洋匡」である「五体不満足」であったのではないかと思っている。だから、この世代の障害者は一度や二度は「乙武さんみたいになりなさい」「乙武さんを見習いなさい」と言われたことがあるではないだろうか。

しかしまあ、大半の障害者は文章が達者ではないし、そもそも「人に好かれている」という実感もそれほどもっていないのではないか。(私は人に嫌われないことを常に考えているのは自分は人に好かれないという強迫性障害のようなものが根底ある)乙武さんと比べられることで余計なコンプレックスを受け付けられた人は少なくないはずだ。というわけで私は結構長いこと乙武さんを恨んでいた面がある。

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それがどういう流れでこの「憎悪」が薄れたかといえば、やはり自分が本を出したという経験がでかい。もう9年も前になるが「ボクの彼女は発達障害」という本を出版したが、この過程で「本を読める感じで仕上げるためには随分と『書けないこと』も多いんだな」ということを知った。

もちろんそれは嘘をつくというわけではなくて、限られたページの中で書けることはほんのわずかで、書ききれない情報や思いというのは山のようにある。「ボクの彼女は発達障害」はもちろん 誠実に書けるだけは書いたつもりだけど、それでもやはり「書けなかったこと」は無数にあるし、書きたいことを書くために「美化」するような面はどうしてもでてきた。

また、本のレビューを読む中でやはり自分が「偽善者」のような印象を受けた人もいる、ということにも気づいた。そんなつもりではないのだが、何か書くことで「いい人」というキャラクターが生まれてしまうことは無数にある。これは「生きていくうえ」でいいことでもあるんだけど、やはりそれでは息苦しいこともある。私が Twitter であえて下品なことを言うことが多いのはそういうキャラクターをできるだけ引き剥がしたい、という気持ちが割と大きい。いや、ほんと。もともとシモネタが好きというわけではないんですよ、本当に。

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それはさておき、それと同時期には乙武さんはTwitter でインフルエンサーとして「日本で最も影響のある障害者」になっていたのだけど、当時の私には「綺麗事ばっかり言ってるな」としか映らなかった。まぁ、乙武さん本人も認めてると思うのだけど実際にきれいごとをいうところが多かったのだと思う。しかし、そのツイートの中に「自分は障害者の代表ではない」というものがぽつぽつとあったのは覚えていて、おそらくそれは半ば図らずとも世間に「障害者の代表」とされた乙武さんのプレッシャーのようなものが入っていたのではないかと思う。

それから数年して例のスキャンダルが発覚し、その後は世間も彼を「障害者の代表」とみなす気配は減ったのではないか。同時に乙武さんもまた「障害者の代表」として振る舞うことが(自覚的であれ無自覚的であれ)減っていった。同時に私の中でも彼を「憎む気持ち」もまた萎んでいった。彼もまた障害に翻弄された人であるし、いろんな意味で彼もまたずっとアウトローなのだったのではないか、あれはあれで結構孤独でしんどかったのではないか、と今の自分は感じるのだ。(本当のところはどうかはしらない)

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私にとって大きな転機になったのは4年前の乙武義足プロジェクトの始動であった。この当時の感想についてはまとまっているので、こちらを見てほしいのだけど、自分にとって良くも悪くも「理想」であった人が、人工内耳をいれて「苦悩してきた道のり」をたどるようなチャレンジを行うというのは私にとってはコペルニクス的転回ですらあった。

ツイートがバズったのでまとめました。個人差はあるでしょうけど、私はこういう経緯を経て今に至るというまとめ。

それ以降は(まことに勝手にながら)同じところにいるチャレンジャーとして乙武義足プロジェクトを眺めていたのだけど、なんかのときにどこかで乙武さんが自分のツイートを見て辛い練習の中で励まされた、ということを耳にしたことがある。それがすごく嬉しかったし、「神が失落して人間にところまで堕ちていた」という感覚すらある、というと言いすぎだろうか。言い過ぎだな。

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でまぁ、先日、乙武義足プロジェクトの集大成として新国立競技場で100mを歩くというイベントがあり、その翌日にyou tubeで乙武さんによる報告ライブ中継があった。

ツイートがバズったのでまとめました。個人差はあるでしょうけど、私はこういう経緯を経て今に至るというまとめ。

せっかくなのでスパチャをして「おめでとございます!」とコメントをおくったところ、乙武さんがそれを読み上げて「くらげさん、ありがとうごいました」と言われて、まぁ、嬉しかったですね、それは。で、放送の最後の頃に図々しくも「なにかコラボしたいです、どれかのルートで押しかけます」と宣言したところ、ぜひ連絡ください、ということだったのだけど、その2日後にこの立候補の宣言である。じゃ、乗るしかないな、このビックウェーブに。仕事と生活が乱れない程度に、小さくだけど。

乙武さんが当選しようがしなかろうが、地球は変わらず回っていく。でも、これは日本にとってはなにか多分面白いことになるという予感だけは強く感じている。さっそく、特設サイトも立ち上がってボランティアを募集していたので、軽バンを出して張り紙の手伝いくらいはできるかというところでボランティアグループに加入した。

人生であきらめてきたこと、ありませんか?私は、両手両足がない状態で生まれてきました。重度の身体障害者として生きてきました。本来なら、多くのことをあきらめなくてはならない境遇でしたが、それでも私はあきらめませんでした。

私の中では完全に無風選挙であった2022年夏の参議院選挙だけども、乙武洋匡さんの立候補表明で突然面白くなってきた。今年は熱い夏になりそうである。

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勢いでこれまでいろいろ溜まりに溜まった乙武さんへのクソデカ感情を殴るように書いてしまった。ここまでかいて、すげぇ勝手な自己投影ばかりだし、ずいぶんとめんどくさい憎愛を抱いているなぁ、自分キモいなぁ、と思う次第だが、まぁ、飾るよりもいいだろう。では。

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