平沢進の世界はドドメ色という話から考える共感覚と脳の疲れのお話

思考メモ
geralt / Pixabay

こんばんわ。くらげです。

あるニュースを見たので嫁に「音が聞こえる人は5人に一人らしいよ」と伝えたら「はぁ?」と返されて「ちがう!光が音として感じられる人が5人に一人はいるらしいよ!」と慌てて訂正したくらげです。嫁は笑い崩れていました。

共感覚とは

感覚の混乱

発達障害を調べていると共感覚の話題を見ることがよくあります。

共感覚とは、たとえば音を聞くと色が見えたり、逆に色を音として感じたり、という「本来の感覚」以外のところが刺激に対して反応することです。

目の刺激は視覚として「のみ」感じることが普通なのですが、どういうわけか聴覚や触覚などが連動して感じちゃうのですね。

科学者や芸術家にこの共感覚を持っている人が多いと言われます。物理学者のファインマンや「叫び」を書いたムンクとかが有名です。

また、自閉症者にも多い、と言われています。(嫁にもあります)

本当に特別なのか

しかし、先ほどの光が音に感じるものも一種の共感覚であると考えられますが、5人に一人も感じるようだともう「特殊な能力」とかじゃなくて「普通にあるけど気づいてないだけなんじゃ・・・」と考えてしまいます。

感覚は非常に主観的なもので、定量的に測定することが難しい。

鼻毛1本を抜く痛みを1ハナゲと定める」というジョークがありましたが、これも感覚は人と共有するのが難しいことが笑いを誘うネタです。それくらい自分の感覚が普通の人と違うのはわかりにくい。

よく「私が見ている赤はほんとうに赤なのか」という哲学的問いがありますが、それ以前に「私が音と感じているものはほんとうに音なのか」「耳で聞いていると思っているものはほんとうに音なのか」とかそういう次元から疑ってもいいかもしれませんね。

平沢サウンドはドドメ色

音楽に色が見えていた

先ほど、嫁も共感覚があると書きましたが、嫁自身が共感覚があると意識したのは能力を失ってから。

ある薬を飲み始めてからなんか音楽を聴いてつまらない。なんだろうと思ったら、色が突然見えなくなっていた。

それで「音楽に色がつかなくなったね」と周りに言ったら「いや、それ普通じゃないから」と突っ込まれて「あ、あれ共感覚なんだ」と気づいた次第。

音楽に色が見えないのでつまらないということでその薬を数日抜いてみたら、次は「え、普段からこんなに音が見えていたの!?」となるくらい色の洪水だったそうで、「無意識にこれだけ情報の処理してたらそりゃ脳も疲れるしストレスだわ」とわかって薬を再び飲み始めたそうです。

なお、平沢進のサウンドはオレンジや紫やドドメ色だったそうです。さもあらん。

共感覚はつかれる

嫁は強力に脳に作用する薬を飲んで「普通の世界」に近づいたわけですけど、「普通の人の世界って静かだけどつまんないねー」と嫁は言います。

どんな世界が広がっているのかちょっと感じてみたい気はしますが、かなり疲れる世界なんだろうなぁ、とはわかる気がします。

ボクは耳が聞こえない、という障害があってデフォルトが無音なんですよね。補聴器と人工内耳をつけて音を聞く状態が「不自然」なんです。

補聴器などで音を聞くのはとても疲れますが、疲れたら外すことが出来ます。共感覚とかで複数の感覚を同時にフルに使うのは切ったり付けたり出来ないで、大変なんだろうなぁ、と感じますね。

普通ってなんでしょうね

こういう感覚について考えても「普通」ってなんなのでしょうね。ほんとうにあなたは「普通」を共有していますか?

たまにはそんなことを考えても面白いのではないでしょうか。混乱もしますけど、いつもと違った世界が見えるかもしれません。

では、今日はこれくらいで。では。

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