聴覚障害者の自信の無さは自分の立ち位置や能力がわからないから!?ってお話

聴覚障害
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こんばんわ。くらげです。

体温調整が難しい

急に暑くなってボクもあおも体温調整に苦労しております。とても暑い・寒い時は服の調整が逆に楽で、こう中途半端に生ぬるいと何を着ていいかわからない、という宙ぶらりんですね。

あおが体温調整が下手ですぐに熱を持つのは以前も書いた通りですし、寺島さんの娘さんも暑い時は物理的に冷やさないとすぐに熱中症で倒れるくらいにはだめだそうですね。

そういう意味では、食生活の問題も含めて冬のほうが生活しやすいという意味ではマシなんです。かといって雪に埋もれるのもつらいですねどね。からりと寒いとことがいいです。まぁ、引っ越すのがしんどいのでここで生きていきますけど。

聞こえないことは自信を失いやすこと

周りを見る余裕が出てきた

さて、だいぶ仕事も落ち着いてきまして、年度末~年度初めを通じての諸々を振り返る余裕が出てきました。その中で見えてきたのはボク自身が周囲が見えていないな、ということです。いや、正確に言えば聞こえてないんですけど。

ボクがADHDの他に聴覚障害を持っている・・・というか、主たる障害は聴覚障害の方ですが、とにかく耳が悪いです。障害者手帳も聴覚障害のしかないですしね。

自然に聞こえることの重要さ

それはさておき、仕事をしていると同僚たちが色々と話してコミュニケーションを取るわけです。で、ある程度は聞こえるボクですが、それでも自然に聞こえるわけではないので周辺情報というのには疎くなります。

声というのは「面向かって話している相手」以外にも聞こえるわけで、その情報を拾って自然に「周りで何が起きているか」がわかるわけです。その「直接自分に話しかけられないけど知っておいた方が得なこと」って仕事を進める上で健聴者が思っている以上に重要です。

情報がないとどうなるの?

じゃ、そういう周辺情報が得られないとどうなるか、というと、まず、職場内で今どういう仕事が進んでいるのかまったくわかりません。誰がどういう仕事をしているか一々聞くのも双方面倒です。もちろん、聞こえていてもそういうのは推測な面が大きいですが、推測の材料から音声が抜け落ちるのはかなりの痛手です。

あれですよ、餅つきのぺったんぺったんのリズムをまったくとれないようなもんで、下手すると手が潰されますよ。具体的には周りが木が折れた事に対応してるときに自分だけその木を切るための申請書作ってたりですね。これは極端にしても他の人が終わっている仕事をしていたことはよくあることです。

まぁ、そのへんは指示をしっかり出してもらうことである程度は回避できることなのですが、一番の問題は「自分の職場内での立ち位置」がわからない不安です。

周りが何をしているかわからない

どうも健聴者というのは人の順列をたとえば誰がどうミスして怒られたとか、どう上司に褒められていたとか、そういう些細なこと野積み重ねで課内での自分のポジショニングをしているようです。推測ですが。

一方、難聴者はそんな高等技術は出来ないどころか、他の人がどういうミスをやらかしてるのか、誰がどういう仕事が得意なのかを判断するのが難しい。なんとなーくはわかりますが、他の人の何分の一もわかってないです。なので、(肩書きでないところで)誰がどう偉いのか、影響力を持つのかを把握するのに困難があります。

相対的な評価がわからないという不安

更に言えば、自分がどんだけ有能なのか無能なのかもわかりません。相対的な評価を得にくいとはそういうことです。精神的に参っていると自分だけがミスを責められていて他の人がミスをしないような錯覚に陥ります。こういう繰り返しで聴覚障害者はどんどん自信をなくしていくこともあります。

そこにADHDの特性が加わるともうしんどい、どころの話じゃないから困るんですけどね。よく毎日会社に行って仕事する気力が残っているなぁ、と自分で自分を褒めたくなりますよ。まぁ、毎日ぎりぎりですけど。

他の人も怒られてる

ただまぁ、最近はちょっと自信を回復して周りを注意深く見る余裕が出来るとですね、皆さんけっこう怒られてるものですね。自分のミスがわりと些細なことなんじゃねぇか、ってくらいにアレなトラブルも起きまくってますね。

とはいえ、聞こえない事による相対的な立ち位置を把握するには至っていないので、早急に手立てを考えないといかんですな。ストレートに課長あたりに「自分、使い物になってるんですかね」とか聞いてみた方が良いかもですが・・・。うまくいったらまた報告します。

さて、今日はこれくらいで。皆さん踏ん張りましょう。でわ。

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