人間がマネキンに見える現実感のなさも「聞こえない」という障害からきているのかな?ってお話

こんばんは。くらげです。



気温変動が激しすぎる

先週は雪が降ったかと思えば立春の日にいきなり春の陽気になる今日この頃、皆様お元気でしょうか?

私は胃腸の調子がひどくて嘔吐くことが増えて困っています。いや、逆流性胃炎持ちなのでいつも不調といえば不調なのですが、この時期はどうにも長引く。

また、精神的にもアップダウンが激しくて安定せず、頭の中のごちゃごちゃが収まらないとかそういうエラーが多発しておりあまり愉快な状態ではありません。

そんなことを友人の宇樹さんに愚痴ったら発達障害囃子歌を作ってもらいました。だいたいこんな感じですね。はい。

現実感がふと消滅する

ところで、こう精神の状態があまり安定しない(悪いではなくて)と現実感が消滅することがあります。なんといえばいいのかわからんないんですが、デジャブの逆で見慣れているはずの空間がどこかわからなくなるというか。

今晩は月が奇妙に綺麗です。 澄んで凜とした黒色の中を、煌めかんばかりの月光を浴びた綿雲が轟轟とした風に運ばれています。 ...

肉体としては「ここにいう」というのはわかるんですが、なんかこう「掴めない」というか現実の認識力が手の間からするする抜けていくみたいな感じですね。

昔はこれが結構怖かったんですが、30過ぎるとまぁ体が消滅するわけでもないしまぁいいか、という開き直りが生じましたが、なんなんでしょうねこれ。

現実感とは

そもそもの話として、「現実」っていうのがよくわからない人間だったりします。いや、こう物理的な制約があって人間というものがいて・・・みたいなのはわかるんですが、目から見える情景というものを「現実」として受け入れる能力が弱いようで。

なんかこう基本的に見える世界は「書割」みたいなもんで、むしろ嘘っぽくて安っぽく見えることが多いのですね。

あと、人混みではうるさいので補聴器や人工内耳は基本的にオフにしていますので、どんなに人がいようがほとんど無音の世界です。あまり「人がいる」ということを深く認識していないフシがあります。

こんばんわ。くらげです。 自分を救うのは難しい このブログではかなり偉そうなことを書いていますが、現実上のボクは下っ端の事務員にしか過ぎ...

そういう「目に見える世界」より文章で書かれた世界のほうが私にとってはよほど「現実」と感じていて、文字でのやりとりの方が「生々しさ」があります。

だから、今みているものを覚えなければいけないときはとりあえず頭で脚本を作ります。今見えている人にどういう役割があってどのような行動をするのか、なぜ今ここにいるとのか、とかそういう内容ですね。

たとえば、怒っている人がいるとしたら「なぜ怒っているか」「何に対して怒っているか」を一度言葉に分解して、それからまた目の前の情景と当てはめて、そこからまた物語を構築していく、みたいな補完ですね。

まぁ、これが一般的な感覚と比べて異常なのかどうか判断できないわけですけど、「物語」として世の中を見取る癖というのは今ものを書く時に武器になっているのでまぁいいかなと。疲れますけどね!

踏ん張っていきましょう

では、今回はこれくらいで。皆様、自分オリジナルの感覚をつかみつつ踏ん張っていきましょう。では。